愛用する数多くのパイプから一つを手に取り、お気に入りの葉を手際よくパイプに詰めながらマッチをこすり、パァッパァッと息を吸って葉に炎を与える。

葉がパイプになじむように時折指で押し付け、甘いバニラの香りと煙に包まれながら彼は言った。

「まぁ、ゆる〜くいこう」


彼の名は傍嶋飛龍(そばじまひりゅう)。

藤野に移住してきた画家であり、万華鏡作家であり、超音楽的お遊び集団じゃねんず団長であり、禅タロット占い師であり、廃材エコヴィレッジゆるゆるの村長という異色の肩書きを持つ。

非常に物腰の低い、誰でも何でも受け入れてくれるようなふところの深い人であった。赤いツナギに身を包み、特徴のある口ひげと笑顔がよく似合うアーティストだ。

「今日のミッションは〜」と言いながら、自らが決めた目標に向かってその日その日を楽しんでいる姿が印象に残っている。

仕事や地域活性を「遊び」と捉え、ゆる〜く行動していきながらも持続し続ける大切さを話しの随所ににじませる。

ある人は、「飛龍さんって本当にすごい人なのに偉ぶらないんだよなぁ。そこがすごいんだよなぁ」と言っていた。

本当にそう思う。どんな人の話にも真摯に耳を傾け、優しく寄り添い、対等に接してくれる。その姿勢は、最後まで変わることはなかった。

廃材エコヴィレッジゆるゆるとは?

神奈川県相模原市藤野にある、古い倉庫を廃材によってリノベーションされた芸術的な建造物を主体とするコミュニティ空間。

特徴は、全て廃材で作られている点である。建造物は、芸術家でもある傍嶋飛龍さん自らによってデザインされたものだ。

一度役目を果たした廃材に再び息を吹き込ませたアートと遊び心が、見る者を何度でも魅了する。

「ゆ〜る」という地域通貨を作り、コミュニティ自給率UPと地域とのつながりをも生み出し、かつては限界集落であったこの地域綱子(つなご)に活性をもたらした。

 

定期的に行われる「大工事Day」に全国各地からエコヴィレッジゆるゆる村民の方々(一度でも訪れたことのある人)が集まり、廃材を使って改装工事をしている。

また、その村民の方主催の多くのイベントも行われ、多様な方々がこの地を目指して集まってくる。

例え山奥であっても魅力的な場所には自然と人が集まるのだなぁと感じる。

僕の旅の報告会もここでするという飛龍さんとの約束を交わした。

なぜ、廃材エコヴィレッジゆるゆるに滞在したのか?

僕は今、世界のエコヴィレッジを巡る旅をしている。エコヴィレッジとは、持続可能性を目標とした町づくりや社会づくりのコンセプト、またはそのコミュニティのことをいう。

将来は、地元茨城県にそのようなコミュニティ(エコヴィレッジ)を形成し、地域・社会・子育てがエコロジカルなものを通して深いつながりで結ばれる環境を作りたいと思ったからだ。

膨らみかけた風船のような構想のもと、ネット検索で見つけたのが「廃材エコヴィレッジゆるゆる」であった。

滞在させてもらったのは、2018年4月9日〜15日までの7日間。廃材エコヴィレッジゆるゆるのFacebookページから、管理人の飛龍さんにコンタクトをとったのが事の始まり。

廃材エコヴィレッジゆるゆるのエコロジカルな暮らし

廃材エコヴィレッジゆるゆるでは、以下のエコロジカルな暮らしを廃材によって実現している。

  • 太陽光発電
  • ロケットストーブ
  • 五右衛門風呂
  • 屋根での自家菜園
  • 湧き水と沢の水の利用
  • 生ゴミコンポスト
  • コンポストトイレ
  • 地域通貨「ゆ〜る」の発行
太陽光発電
裏が太陽光発電になっている
ロケットストーブ 煙の熱で奥のスペースも暖かくなる仕組み
タイル貼りの五右衛門風呂
屋根上自家菜園
隣の沢から水を汲み上げている
生ゴミコンポスト(中には多くのミミズが住んでいる)
コンポストトイレ

地域通過「ゆ〜る」ガチャポン
滞在記

屋根裏の寝床とファミコン

僕は、この廃材エコヴィレッジに1週間滞在させてもらった。後から分かったのだが、1週間も滞在したのは僕が初めてであったそうだ。

2階(屋根裏)に寝床をかまえる。そこには、液晶TVと大量のファミコンカセット。地域の子どもがよくここに来てゲームをしていくらしい。

子どもたちが気軽に立ち寄れる地域の場所が減っているようにも思える昨今、飛龍さんという人が他者を受け入れるという形で成り立っていると感じる。大切なのは、環境があるかないかではなく、他者をどう受けいれるかなんだと思った。

屋根裏スペース

 

オリジナル

僕は、飛龍さんと共に近日開催される「太鼓祭り」というイベント設営のための準備を進めていった。

簡易トイレ作りやゴミ箱作り、受付テーブル作りなどだ。

それもただ作るのではなく、飛龍さんは「遊んでいいよ」と言って、そこにオリジナルを促す。物作りとは、作品でありアートであり、オリジナルなものでこそ価値が生まれるもの。

僕のオリジナル。僕が作りたいものは何か。僕はこれで人がどうなってほしいと思っているのか。そんなことを問いながら物作りをしていると、楽しみが体を動かし時間を忘れさせた。

 

初めての経験

廃材エコヴィレッジでの経験は、僕にとって全てが初めての経験であった。

インパクト(電動ドリル)を使っての衝立作り、巨大ハンマーでの杭打ち、2時間薪を燃やしての五右衛門風呂、野草の種類、携帯電話を使わない生活、ロケットストーブで暖をとる。

仕事をしていると、どうしても同じことの繰り返しになる。そこにどれだけ刺激を用意するかは自分次第であったと今頃気づく。でも、気付けて良かった。

普段と違ったことをする非日常体験が、脳を活性化するらしい。毎日のルーティーンを少し変えてみたりという、小さな行為でも同じようだ。そういった意味では、脳がフル活用されたここでの経験であった。

小さなマルシェ

平日の午前10時からあるお宅でひらかれたマルシェに参加した。

いれたてのコーヒーと自家製パンをほおばり、ゆったりゆっくりおしゃべりをする…。こんな生活をしている人もいるんだなぁと、僕の価値観が少しずつほぐされながら、新鮮な刺激を求めるアンテナが構築されていく。

ここでも、普通に地域通貨「ゆ〜る」が使われていた。マルシェにいた人たちは、楽しそうに各々の近況と情報などを交換したり、たわいもない話をしている。なんとなく、勝手にだが、遊びと生活と人生を自らごちゃまぜにして目の前を楽しんでいる様子が伝わってきた。

こういう生活をしている人が多いのが、「藤野」という町でもあると飛龍さんは教えてくれた。自分の幸せのために良い選択ができる人間になりたいと強く思った。人は皆、幸せになるために生きていると思っていたが、そんなことを考えずにいるほどの境地というのもある気がした。

鹿が流れ着いたこともあるという相模湖のほとりで行われた小さな小さな愛のあるマルシェ。鮮やかな桃色に咲き誇った庭の八重桜が、これまで見た八重桜とは違って見えた。

ドネーションBOX 廃材エコビレッジゆるゆるはドネーションによって成り立っている

旅の始まり

実は、2018年3月31日で仕事を辞め、旅というものを始めて最初に訪れたのがこの廃材エコヴィレッジゆるゆるであった。

その旅の始まりは今でも鮮明に覚えている。なぜなら、僕の旅は車の破損から始まったからだ。

廃材エコビレッジに到着して、ある駐車スペースに車を止め終えようとすると「バリバリバリ・・・」と聞いたことない鈍い音がした。嫌な予感という感覚を久しぶりに味わった。

「あ、これは夢だ」と言い聞かして一度目を閉じる。車の後ろを見に行ってみると、水道の蛇口が車のテールランプカバーを突き破っていた。無残にも砕け散った赤いプラスチックは、僕の心と重なった。

あれは間違いなく破損した音で、夢ではなかった。今、テールランプカバーが壊れる音クイズがあったら、僕は1位になれるだろう。

「面白くなってきたぜ」と、僕は不器用に笑った。

 

笑いは人を救う

すかさず、僕の車破損を笑い飛ばしてくれたのが、飛龍さんだった。

そこで、爆笑は人を救うということを肌で感じたし、壁のない包み込むような温かさのある方だなぁというのが飛龍さんの第一印象であった。

飛龍さんは、小学生の頃は、授業中に走り回っていたり、勉強した感が出るという理由で消しゴムを無駄に使って消しカス作りにはまっていたという独特な方である。

「先生は大変だったろうなぁ」と飛龍さんは笑っていた。そんな学校の先生が、飛龍さんのお母さんを学校に呼び出し、現状を話すとお母さんは「勉強ができないだけで普通です」と先生に言い放っていたと話してくれ、飛龍さんはまた笑った。

普通

これまで、普通という言葉に対して良いイメージはなかった。

一般的であるとか個性がないといったように捉えていたが、捉え側によってはその人を受け入れるとか認めるといった見方もできる柔軟な言葉であるようにも感じた。

勉強ができないだけで、普通に社会に貢献できます、と。

僕は、こんなにも愛のある「普通」という言葉に出会ったことがない。違いを受け入れようと思ったし、僕にしかできないことを探そうと思った。

飛龍さんのように、自分の好きなことを通して地域や社会にそして地球に貢献している人に出会って、そう思った。人と出会ってその生き方に触れるというのは、卓上の理論では理解しきれないことなのかもしれない。

ドアもアート作品

 

幸代さん

幸代さんは、飛龍さんの奥さんだ。

森魔女ゆきよの手しごと」と題して、自給自足の生活に彩りと独特の感性を加えながら、手作りからでしか出せない温もりのある物作りをしている方であった。

自然からの恵みに敬意をはらうような料理には何度も驚かされ、勝手に“三ツ星オーガニックレストランだ”と思っていた。

まじりっけのない素直な言葉で淡々と話すその様が神秘的でもあり、まさに藤野の魔女を彷彿とさせた。滞在中も僕のことを気にかけてくれ、自宅で行われたご飯会にも誘っていただいた。とても素敵な人だ。

幸代さんも飛龍さん同様、「自分の好き」が明確で、それに真剣に遊びながら向き合っている人だなぁと感じた。

自然の恵みを活かす過程にこそエコロジカルな暮らしの原点があると思えたのは、飛龍さんや幸代さんのおかげだ。また、この廃材エコヴィレッジ滞在中に多くの方と接点が持てた。皆の生き方は私の辞書にはない生き方だったし、正直で素直でその人そのままの生き方であった。

ずっと完成しない作品

飛龍さんは「まだここも4割くらいかな。これからだよ。」と言う。

そして、「この廃材エコヴィレッジも、最後は誰かに引継ぎたい。先代の意思だけ受け継いでもらえれば、あとは自由にしてほしい。完全なものは存在しないからね。」とも言っていた。

「自由にしてほしい」というのが、実に飛龍さんらしい。

この廃材エコヴィレッジゆるゆるは、ずっと完成しない作品。

不完全さに美を見出し、これから何代も受け継がれていくであろう未完の作品に僕は出会った。

 

さぁ、僕はどんな暮らしをしていこうか!

 

 


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