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マレーシアのトランジェットタイム8時間が最低で最高だった話

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マレーシアのクアラルンプールにはスリランカへ行くためのトランジェットで降り立った。

 

トランジェットタイムは8時間。

この間、重いバックパックと共に観光をすることを考えると、移動はタクシーを選択。

 

さっそく空港のタクシーに乗り込み、空港でもらった周辺の地図を見せながら国立公園に行きたいと伝える。「マレーシアは初めて?」などと、タクシーの運転手は陽気に僕の旅について質問をしてきた。公園には30分くらいで到着するとのこと。

 

走ること10分。そのタクシーにはメーターが付いていたが、そのメーターの進み具合が妙に不規則であることに気がつく。時間や距離など、どのような基準でメーターが動いているかは知らないが、あきらかに料金が増えるのが早い。連続で値段がはね上ったりすることもあった。

 

そこで僕は「このメーター壊れてない?」と聞く。すると、「壊れてないよ。ほら、動いているでしょ?」と指をさし、「そういえばさ、公園に行ってから何するの?」と話題を変えてくる。確かに壊れてはいない。動いてはいるが、完全に変だ。僕に英語力があれば、もっとつめることができたが様子を見るということしかその場ではできなかった。

 

走ること20分。変な音に気がつく。メーターが増えるタイミングでカチッと音が聞こえるのだ。正確には、音が鳴った後にメーターが増える。そして、運転手のハンドルを握る右手がその音と連動していることを発見する。後部座席からはハンドルの裏は見ることはできないが、運転手の右手がピクッと動いてカチッと音が鳴ってメーターが動く。

 

この運転手、完全にやっているなぁ。

「マレーシアは初めて?」という質問から始まっていたのだろうか。ここまでくると、不思議と笑えてくる。よくもまぁこんな装置を空港のタクシーに仕込めたなぁと。

 

僕は、到着した時に何て言おうか考えていた。「これはおかしい」は「This is strange」だったなぁ。やっぱり「I will call the police」が効果的かなぁ。やっぱり感情的になった方が気持ちは伝わるだろうなとか。銃やナイフを出してきたらおとなしく払おうとか。

 

いろいろ考えている時、ついに公園に到着。運転手は「着いたよ」と笑顔で伝える。メーターを見ると250リンギット。日本円にして約6700円。30分でその値段はありえないと確信して、「This meter is strange」と静かにきり出す。

 

運転手は「おかしくないよ。動いていたじゃないか」。そこからは僕もスイッチを入れ、警察を呼ぶとか、右手でメーターを操作していたこととか、そのことを僕は見ていたなどと、知っている単語をつなぎわせただけの感情的な言葉を大声で発していた。(日本語も混ざっていただろう…)

 

 

すると、これはダメだと観念したのか、「わかった、わかった。お前はいくら払いたいんだ?」と半笑いの表情で逆質問。こっちが聞きたいわ!相場も知らないし、払わないのも気がひける。そんなやり取りを15分。とりあえずその場の料金は払わず、帰りの道も自分が運転するから何時にここに来ればいい?などとやり取りをして運転手は去って行った。

 

悪事を働いた空港タクシー。これからの旅行者のために載せておく。

 

海外に出て初めての体験であったので非常に疲れた。まずは、Wifi を求めて公園内をさまよわねば。まだ心が落ち着いていないのだろう。異国の地独特の建造物が綺麗に湖に映し出されている壮大な景色を見ても、不思議と心に響いてこない。かろうじて目に入ってきたのは、新聞に目を通すベンチに座っていた一人の老人であった。

 

彼は、ベイスボールカップをかぶっていた。「あのレストランならWifiがあると思うよ」と親切に立ち上がってレストランの方角を指差し、教えてくれた。そのレストランに入り、自分の身に起きた出来事を整理する。僕は料金を払っていないが、運転手は詐欺師で帰りの道も運転すると言っている。また、あのやり取りをする気力もない。やっぱり別の手段で空港まで行こう。

 

無事にWifiをゲットしてさっそくマレーシアのタクシーの相場や、空港までの行き方を調べた。そのレストランではチョコレートアイスを食べた。甘みを感じることができたのは、落ち着いてきた証拠だろうと理解した。その甘みを深く感じながら、湖に視線を向ける。遠くの方で観光客が何度も姿勢を変えながら記念撮影をしていた。それに付き合わせられているであろう旦那は、少々気だるそうにしていた。

 

 

この広大な国立公園内には、僕も含め10人弱の観光客しか目に入ってこない。平日の昼間にだだっ広い壮大な景色しかない公園。よく考えてみればこんなものか。もっと調べてから来ればよかったと一瞬よぎったのだが、おかげで貴重な体験ができたと思えたのは、空港への行き方にめどがたったからであった。

 

どうやらUberという配車アプリが使えるとのことでその場でインストール。すぐにアプリを開いてみると、奇跡的にすぐ近くに配車可能な車があるとのこと。これはチャンスだと思いコンタクトを取る。Uberは目的地を入力すると、事前に値段が表示されるシステム。

 

その値段を見てみると、50リンギット(約1300円)。あのタクシー運転手の悪行が数字として確認できた。Uberの車がある場所に向かう足取りがとても軽かった。アプリに表示されていた車のナンバーを確認して車に乗り込むと、そこには奇跡が待っていた。

 

そのUberの運転手は、僕がこの公園について最初に話しかけたあの老人であったのだ。Uberは一般人がアプリに登録して暇な時間に小遣い稼ぎができるシステム。値段が初めに決まっていること、到着後に運転手を評価するシステムがあるというで、旅行者必須アプリの1つとなっているようだ。

 

再開にお互いテンションが上がり、そこから空港まで話が尽きることはなかった。その老人は日本にも旅行で来たことがあり、日本が大好きだという。日本のどこから来たの?私はあそこに行ってあれを食べたんだ。もう何年も前だからまた行きたい。老人の大好きな野球の話や家族の話などとお互いの話をして、さっき僕に起きたタクシー事件のことも話した。

 

すると、老人は憤慨していた。同じ国民として申し訳なかったと。大変だったねとその老人はねぎらいの言葉をかけてくれた。空港が目に飛び込んできたのはそれからすぐのことであった。私が50リンギットを払おうとすると、その老人はお金はいらないよという。

 

え、いらない?どういうこと?タダってこと?楽しい話ができたからねと言って笑う顔が、数時間前に僕の中でうまれたマレーシアは最低の国だったというイメージを払拭してくれたのだ。

 

結果的に、こちらこそ良い思い出ができましたということで、正規の値段を老人に渡して空港に入った。むしろ、もっと払いたい気分であったが、あの老人は受け取らなかっただろうとやわらかな微笑みが顔を支配した。

 

Uberの運転手と。

 

お金とはなんなのだろう。価値?代償?信頼?

こんなにも気持ち良くお金を払えたのはいつぶりだろう。

そういえば、日本では「お金」について学ぶ機会がなかったなぁ。

日本にはチップやドネーションの文化がない。良く言えば対価が目に見えやすく、一般的な価値が共通認識のもと統一されている。

一方で、感謝や感動という感情とお金を結びつけるのが苦手なのかもしれない。海外を旅していると、売店の物に値札がついていないのだ。その都度交渉となる。これが旅の醍醐味であったりもする。

自分が納得できるものに気持ち良くお金を払うことができればもっと楽しいだろうし、もっとお金を大切にするだろうし、もっとお金が好きになるのかもしれない。

僕が抱いていた「お金の話=汚いもの」という価値観はもったいなかったなぁと感じた。

 

貯金を切り崩しながら旅をしていると、余計お金にシビアになるのだが、もっと払いたい、もっとこの人に貢献したいと思えたこの経験は、お金の捉え方に疑問を持つ小さな感情を生み、損得勘定に支配されていた僕の価値観を少しずつほぐしていった。

 

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